先に結論
- そり牽引走を行った群は、練習前後の比較で加速局面とスプリント全体が改善しました。最高速度局面の改善は明確ではありませんでした。
- 対照群を置いた研究だけに絞ると、そり牽引走が負荷なしのスプリント練習より優れているとは確認できませんでした。
- 論文が示した中心的な使い道は初期加速です。100m全体や最高速度を伸ばす万能な方法という結論ではありません。
どんな研究か
2018年に『Sports Medicine』へ掲載されたシステマティックレビューとメタ分析です。システマティックレビューとは、決めた条件に沿って関連研究を探し、選び、質を評価する方法です。メタ分析とは、複数研究の結果を同じ尺度にそろえて統合する方法です。
著者らはPubMed、SPORTDiscus、Web of Scienceを2018年1月9日まで検索しました。最初に見つかった2,376件から、専門家による掲載前審査を経た査読済み論文のうち、縦断的な介入研究、全力でそりを引いた研究、負荷・走距離・練習前後のタイムまたは速度が分かる研究などに絞り、最終的に13研究を採用しています。
採用研究には、そり牽引走を行った32群と対照15群が含まれました。対照群とは、そりを使わない練習などを行い、変化を比べる基準となる集団です。単に練習前より速くなったかだけでなく、同じ期間に対照群より大きく伸びたかを見ることで、そり牽引そのものの効果を切り分けやすくなります。
- 検索で見つかった文献
- 2,376件
- 採用研究
- 13研究
- そり牽引群
- 32群
- 対照群
- 15群
- 主な対象
- 健康な男性の球技選手
- 評価局面
- 加速・最高速度・全体
用語メモ:レジステッドスプリント
外から抵抗を加えた全力疾走です。この論文では、走者が後方のそりを引く方法を扱っています。抵抗によって走速度は下がりますが、加速時に水平方向へ力を出す負荷を大きくできます。
用語メモ:縦断的な介入研究
一定期間のトレーニングを実際に行い、その前後で変化を測る研究です。一度だけ測って関連を見る研究より、トレーニング後の変化を検討しやすい設計です。
何が分かったか
数値の読み方:効果量・p値・95%信頼区間
効果量は変化の大きさを共通の物差しで表した数値です。一般に0.2前後は小、0.5前後は中程度の目安です。p値は、差がないと仮定したときに今回ほどの差が偶然に出る確率の目安です。95%信頼区間が「差なし」を含む場合、統計的に明確な改善とは判断できません。
加速局面
そり牽引群の練習前後を比べると、加速局面の効果量は0.61、p値は0.0001で、中程度の改善でした。論文は特に初期加速で効果が大きいとまとめています。ただし、この値は「同じ選手が練習前より速くなったか」を含む解析で、そり以外の練習効果や慣れの影響も入り得ます。
スプリント全体
距離全体のタイムでは効果量0.36、p値0.009で、小さな改善が確認されました。ここでいう「全体」は採用研究のスプリント距離をまとめたもので、100mレースだけを意味しません。研究ごとに評価距離が違うため、100mの記録がどれだけ縮むかへ直接換算することはできません。
最高速度局面
最高速度局面の効果量は0.27、p値0.25でした。小さな改善方向ではあったものの、統計的には明確ではありません。そりの抵抗によって走速度が下がるため、最大速度で必要な非常に速い動作を十分に刺激できない可能性がありますが、このメタ分析だけでその理由まで証明したわけではありません。
対照群との比較
最も重要なのは、対照群を置いた研究だけをまとめると、加速・最高速度・全体のどの局面でも、そり牽引群が対照群を明確に上回らなかった点です。つまり「そり牽引走を行った選手は速くなった」と「そり牽引走だから通常練習以上に速くなった」は別の主張であり、後者を支持する証拠はこのレビューでは不十分でした。
著者が示した実施条件
著者らは、改善が大きかった研究の傾向から、1回あたり160mを超える総走行距離、プログラム全体で約2,680m、週2〜3回、6週間以上を目安として挙げています。また、柔らかい地面より硬い路面の研究で効果が大きい傾向が報告されました。
一方、そりの重さそのものは改善量を決める要因として明確ではありませんでした。体重に対する負荷率が高ければ高いほど良い、という結論ではありません。
注意:これらの数値は、負荷量や頻度を直接比較した実験から「最適値」を決めたものではありません。異なる研究の特徴を横断的に見た著者の提案です。1回160mや週3回を、すべての短距離選手へそのまま処方する根拠にはなりません。
練習へどう読み替えるか
- 目的を初期加速に絞る。レビューで最も一貫して改善したのは加速局面です。スタート直後に水平方向へ力を出す補助手段として位置づけるのが、論文の結果に合います。
- 負荷なしの全力疾走を残す。最高速度局面の改善は明確ではなく、通常のスプリントより優れる証拠も不十分です。抵抗のない高速度走を置き換える理由にはなりません。
- 重さより動作の質を確認する。レビューでは負荷の大きさが改善量を決めるとは確認されませんでした。上体が過度に折れる、接地が長くなる、押す方向が変わる場合は、目的から外れていないか見直します。
- 練習全体の量として管理する。そり牽引走も高強度のスプリントです。論文の走行距離だけを追加せず、通常走、スタート練習、筋力トレーニングを含む週間負荷の中で調整します。
この研究だけでは言えないこと
- 対象はレクリエーション水準またはトレーニング経験のある男性のサッカー・ラグビー選手が中心です。陸上短距離の専門選手、女性、ジュニアへの一般化には注意が必要です。
- 13研究の負荷設定、距離、期間、路面、通常練習の内容は同じではありません。
- 対照群との比較では明確な優位性がなかったため、そり牽引走に固有の効果を強く主張できません。
- 推奨された走行量と頻度は、用量反応を直接比較して決めた最適処方ではありません。
- 最高速度や100m後半の技術、レース全体の記録改善を保証する結果ではありません。
原論文
Alcaraz PE, Carlos-Vivas J, Oponjuru BO, Martínez-Rodríguez A. “The Effectiveness of Resisted Sled Training for Sprint Performance: A Systematic Review and Meta-analysis.” Sports Medicine. 2018;48(9):2143–2165.